賽の河原

少し横になるわ

突然

ここを動かすそもそもの目的が何だったか忘れたがエタるのも嫌だから、というわけではないが久しぶりに何かを文にする。

 

6月に書いたあたりに何があったか思い出すと、あったんだかなかったんだかよくわからない梅雨に入る前の、すでに少し蒸し暑かったころに上野の方に出かけた時。バベルの塔の絵を見に行こうと思っていたはずなんだけど、公園の入り口あたりで募金詐欺にカモられた上に、単純に迷ったのとめちゃくちゃ人が多くて頭と体がうまく動けなくなってなんとなく公園の周りを一周して汗まみれになって電車に乗って帰ってきてしまう、みたいな感じだった。だからバベルの塔も見れなかった。なんでだろうって聞いても自分のことなのだが、よくわからない。例えば道をよく間違えるのだが、引き返すのが恥ずかしいというか不自然なことなんじゃないかっていう抵抗感で引き返せない時がある。お酒飲んでたりして気分が上がってるときや、誰かと歩いてるときとかは割と大丈夫なのだが。それで、それ以来、特に家の周り以外に外出した記憶がない。

だから何も書かなかったわけではないけど。

 

なんだか最近横になってる時間が長すぎるのか、体を起こしているのがきつい。頭が重い。うまく働かないという意味でもそうだが、単純に重くて首や肩にかかる負担が大きい。姿勢が悪いのかもしれない、そもそも柔軟性も悪いし、それでとりあえずストレッチを初めてみたが3日ともたなかった。すぐ横になってしまう。上半身は肥えるけど下半身は痩せてしまって、もともと良くない見た目がますます気持ち悪くなる。

そもそもデブなのに虚弱な上にすぐ腹が減ったり眠くなったり調子が上がったり下がったりそれに伴って気分をコロコロ変える肉体が面倒くさい。最近は頭も鈍ってきた。もしトップフォーム、トップコンディションだったらどんな姿や調子でどんな機能を持てるんだろうかというのは気になることもあるが、実現するのはめんどくさい。

今はとりあえず淡々ときちんと生きるルーティンみたいなものを確立したい。いちいち変わったり動じたりせずに健康に生きることで少しは穏やかになれる気がするし、そうすれば考えもいろいろと落ち着いてまとまってくるんじゃないかと思う。

 

ところで募金詐欺のあの子たちはどういう人生を送ってるのか気になっている。というか最近は他人の人生がどんなものか気になっていろいろ観測したくて透明になりたいとよく思う。本当に肉体は制約でしかない。何かしら大きな障害があるというわけでもないが、(それがかえって人生になにか役に立ったりすることもあるけど)、この体の中に発現できて良かったということはほとんどない。まあ怠惰が悪いのかもしれないが。

 

相変わらず支離滅裂だ。テーマも目的も明確じゃなきゃこうなるのは当たり前かもしれないが。

支離滅裂といえば、「といえば」といってもあんまり関係ないけど、最近手書きで文章を書かされる機会があったが、パソコンでの書き方に慣れてるからか一発書きみたいなことが頭の使い方としてうまくできなくなってしまっていた。もともと苦手だったのもあるが、いちいちメモ用紙と下書き用紙がないと書き損じと消しかすだらけになってしまう。パソコンだと書き直しとか、段落ごとにバラバラに書いて結合したり組み替えたりできて便利なんだけど、それ以外のやり方がダメになってしまってるみたいだった。ちょっとした思考や記憶も最近はメモ帳依存だ。個々の情報や論理を覚えてられない。

あと壊滅的に字が汚かった。汚いというか一貫性がなくてガタガタしてしまっていてみてると不安になる字だった。形が似てるなにか別のものみたいで、文字と意味が離れちゃってる感じが気持ち悪かった。個々の字だけじゃなくて全体の配置も後先考えてないからか字の間隔や大きさやらがめちゃくちゃだった。

 

取り止めがないしつまらないからもう終わりにしておく